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日毎の糧 4月5日(水)

イザヤ書63:1-10より

わたしは心に留める、主の慈しみと主の栄誉を
主がわたしたちに賜わったすべてのことを
主がイスラエルの家に賜わった多くの恵み
その憐れみと豊かな慈しみを
主は言われた
彼らはわたしの民、偽りのない子らである、と。
そして主は彼らの救い主となられた。
・・・

受難週を迎え、今日はイザヤ書です。
 宗教は弱い人がすがるものだと思う人がいる。果たしてそうか?
全力で戦い果たし、力尽きた先に見出す解放と解決の希望、だとわたしは思います。

救いは戦いとられる。
「わたしは見回したが、助ける者はなく、驚くほど、支える者はいなかった。わたしの救いはわたしの腕により、わたしを支えたのはわたしの憤りだ。わたしは怒りをもって諸国の民を踏みにじり、わたしの憤りをもって彼らを酔わせ、彼らの血を大地に流れさせた・・・」

救い主の十字架は、鮮血に染まっている。
十字架を見上げて、人はそこから立ち上がる。キリスト教は弱い人の宗教ではない。